吉田所長がなくなられた謹んで哀悼の意を表したい。極論でいえば東京電力の上層部の中で唯一常識を持って行動した人物なのだ。福島原発の事故を起こし責任を取った東京電力の役員9人は無事天下りネットワークを利用して再就職を果たした。彼らは何の責任も感じていない、我々は国の原子力政策に従って仕事をしただけだと思っている。福島の人たちを見ていても何も感じない。きっと彼らは全員が100歳まで生きるだろう。
通常の常識を持っておれば彼らの年金は月50万円以上あるのだから、十分に福島の人達に貢献する時間と余裕があるなずなのになぜ再就職するのだ。だが現実には一人も福島に対して貢献しょうとはしない。これこそが日本の支配階級の問題の縮図なのだ、日本の支配階級は傲慢化し、同時に痴呆化しているのだ。
吉田所長は事故を起こしたとき、逃げる訳にはいかない、(これはサラリーマンの習性である)しかし自分は死ぬかもしれないという、葛藤に苛まれたに違いない。本能的に自分が生きるために行動を起こし判断し、その結果重大事故を起こした。自分の行動が正しかったか間違っていたかは定かでない。だから吉田所長は随分と悩んだに違いない、果たして自分の行動だ正しかったのかと幾度も自分に問いかけただろう。
そして技術的に開かない構造となっていてベント弁、そしてまたそのベント弁を開くための空気圧を送る為の配管が通常の配管となっていた(すでに地震で崩壊していたと思われる)。吉田所長は所長時代なぜそこまで気が付かなかったのかと悔やんだに違いない。そしてまた非常用発電機がなぜ地下にあったのかと、イロイロな外部からの指摘に対して過敏に反応し考えたに違いない。
人間が最も弱いのはストレスだ、人間にストレスを掛ければ死ぬか、常識はずれの行動を起こすかのどちらかなのだ。だから吉田所長が亡くなられたのは、断じて放射能のせいでは無い、随分と福島原発事故の収束の事を考えられていたに違いない。非常に残念である。歴史というものは往々にして9人の意見が歴史に残るけらいがある。吉田所長にはもっと長生きして苦労した真実を話してほしかった。
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