一日30食品(1日30品目)は、1985年厚生労働省が作成した「健康づくりのための食生活指針」で「一日30食品を目標に」と提唱した。
しかし、2000年に厚生労働省・農林水産省・文部省が示した、新しい「食生活指針」の中では、「主食、主菜、副菜を基本に食事のバランスを」「多様な食品を組み合わせましょう」という表現になった。
人類の進化の過程ではいつも食べ物が無い、飢えとの戦いだったのだ。一時は人類の祖先が飢えの為数千人にまでに減ったらしい、そしてまた人類の祖先は何度も何度も飢えとの戦いに負けそうになったらしい、その証拠として人間の遺伝子の中に肥満遺伝子が50以上もある。
生物は一つの食べ物が贅沢にあるという状態には遭遇するかもしれないが、30品目の食べ物に遭遇するという事は今までの進化上あり得なかった。現在この状態(30品目可能)が可能である状態が長く続く保証はない、どだい30品目も食べなくても十分に生きていけるのだから厚生労働省の30品目は科学的に常識的にあり得ない提言なのだ。
生物は極めて短い時間で食べ物の変化に対応していく、パンダが本来は肉食なのに竹を主食にしている、またコアラ(水を飲まない生物」)はユーカリ(毒がある)、それもほんの1部のユーカリの葉しか食べない。
コメ文化の日本人は玄米と大豆から作った味噌汁ともう一種の食べ物、合計3種類の食べ物で対応できるよう進化適合してきたのだ。禄時代玄米の胚芽を取る事が江戸で出来るようになった、白米は旨いから瞬く間に江戸に広がった。胚芽を取る事によりビタミンB1欠病症が起き、江戸患いとといわれた。
地方から江戸に来た人間は、白米がうまいうまいといって食べたが、脚気になった。病気になり故郷に帰るために箱根を越えると、直ぐ病気は治った。
玄米には表皮や胚芽にフィチン酸という強力な毒素排泄作用を持つ性質がある、毒素も体外に出して病気を治してくれるが同時にミネラルも体外に出す。江戸時代の人達はフィチン酸がミネラルを出さない、何らかの方法を体質的に体得していたのだろう。
しかし我々現代人は白米に慣れてしまい、玄米のミネラルに頼らずともいける食生活に対応できるようになった。従って玄米を続けて食べた時フィチン酸の効果が先に効果を表し病気を治す。決して玄米のミネラルが病気を治したわけではない。玄米を長期に渡り食した時、玄米を食しない時ミネラルを含む他の食べ物を取らないと弊害がある。玄米でミネラルが沢山ありながらそのミネラルが役に立っている訳でない。
玄米は薬と考えて病気が治るまでの短期期間と考えるべきである。
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